関が原にいざ、出陣!−長野・岐阜の旅−2000.9/3〜8

今回も行ってきました。ツーリング! 2000年のミレニアム・ツーリングはどこにすべきか?
今からちょうど400年前の1600年9月15日、かの地では大決戦が起こった!(らしい)。
いわゆる、「天下分け目の大決戦、関が原の合戦」である。

数字的にもキリがいいし、この際行っとくか?ってことで、関が原を目指すことに・・・。

8:30起床、11:30出発!(はよ、準備せー!)
いつものように、出発してすぐのコンビニで一服しながら、忘れ物チェック!特にナーシ!

R246で御殿場、須走から富士五湖道路で河口湖へ。
御坂峠で、焼きとうもろこしの誘惑と戦いながら、甲府からR20に出たところで、ガソリン補給して、
甲府昭和I.Cから中央道に。双葉S.Aにて、昼食。

この後に何が起こるか、知る由もないオイラはチーズ・ドックなるものを頬張っていた。
「さて、しゅっぱ〜つ!」そして、諏訪南I.Cまで5kmってところで大事件発生!

ついさっき、俺の横を抜いていったワゴン車が、前方100mほどの所で、
「バシュ!」っという音と共に、右後輪がバースト!

左の車線にいた俺は、減速しながら、更に左へ避け、ワゴン車の動きに注目した。
時速100kmのまま、左右に振られている。 ベロリとタイヤの皮が剥がれ、オイラの右側を転がり去る。
ゴムの焦げた匂いが、鼻を衝く。
激しいブレ−キングの音、急減速。
車体が左に向いた。「あっ、横転する!」と思った瞬間、 ワゴン車は3回転のスピンをして、止まった。
一瞬の出来事だった。

もう1台の仲間らしき乗用車も止まり、ゾロゾロと出てきて、ワゴン車を左端に寄せようと、押している。
男手は足りてるかな?と思い、近寄ってみると、 俺のおふくろと同じぐらいのオバチャンばっかりが、10人ぐらい・・・。 任せなさい!
ワゴン車の荷物を降ろし、スペアタイヤを探してる。 俺も気が動転したせいか、シャーシの下ばかりを覗き込んでいた。 そんな時、後方から「シャー」となんかの部品が飛んできて、
その後ろからフロントガラスと左側、リアガラスがメチャメチャになった車が・・・。

一瞬何が起こったのか分からなかったが、どうやら後方で、慌てたトラックが、別の乗用車と接触したらしい。 しかし、そちらもケガ人はないようだ。事故が事故を呼ぶ。こわ〜・・・。
やがて、それと気付いた俺は、ボンネットからスペアタイヤを発見し、出してあげた。

しかし今は便利な世の中だ。みなさん携帯TELを持ってらっしゃる。
「JAFを呼んだので、もう結構です。ありがとうございました」。と俺に千円札を何枚か、握らせる。 もちろん断ったが、一度出した金は、戻せないのが、世の常。
結局、押し切られ、一人一人から「ありがとうございました」と言われつつ、
バイクに戻ってみると、一人のオバチャンがまた呼びに来る。
「JAFが1時間半かかるってゆーのよ」「あっ、じゃあやりますよ」ってことで、タイヤ交換!
何を隠そう、オイラは3級整備士の免許持ち、 高校3年間はガソリン・スタンドでバイト漬けの日々だった。
タイヤの1本ぐらいは、屁のカッパ。 F1のピットクルーの様に(んなわけないか)手際良く、作業をこなす。
(これじゃあ、まるで俺がパンクさせて、お金を頂く詐欺かなんかと間違われてもおかしくないなー)

しかし、俺を抜いてく時に真横でバーストしてたら、と思うと、ゾッとするぜ!

そんなわけで、ツーリングも長いことやってるが、最大の珍事(?)にあった俺は、
またもや五千円札をポケットに押し込まれつつ、オバチャン達と別れた。気イつけてな〜。 その頃には、おまわりも到着し、別件の事故処理も始まった。

喉がカラカラだった。諏訪南I.Cで下りて、すぐコンビニへ。
サプリを飲みつつ、手を洗い、事故の事を思い返していた。 まったくゾッとする出来事だった。
(その時の写真は撮ってないよ。
実際、撮れないって。マジで、やばかったんだから。
オバチャン達も恐怖のどん底だったし・・・)
その後走り出しても、あの時の映像が繰り返しリプレイされて、 標識も見過ごすほど、走りに集中できずにいたので、長めに休憩をとった。
しかも、標高が上がるにつれて、だんだん寒くなってきた。

そんなわけで、ビーナス・ラインに入ってすぐの蓼科湖の裏の
「レイクサイド・キャンプ場」にて、早々とテントを組む。1名、¥1050。

近くの「ヤマザキYショップ」で酒とチーかまを買って、
「そば庄」にて、きのこそば(温)と地ビール(ゲキうま!)をいただく。

風呂は近くの「水明閣」で¥500。温泉はやっぱ、い〜ね〜! そこの露天風呂がまた面白い!
隣の女湯には、石1個跨げば行けるし、 境の垣根は、下の部分は、30cmぐらいが空いてて、 潜って女湯に行ける。かなり、混浴チック!(もちろん、行ってみた。誰もいなかったので)。
そんなことして、たっぷり遊んで、キャンプ場に戻る。
かなり、涼しい!フル装備で、寝袋に潜りこむ。 今日はほんとにビックリした1日だった。走行距離、170km。

2日目〜! コケコッコ〜!

そんなこんなで、2日目。
7:00にアラームが鳴ったので、8:00に起きた。(?)
雲は出ているが、まずまずの天気。

とりあえず、顔を洗い、湯を沸かし、コーヒーをいれる。そして、撤収!
再び「Yショップ」に寄って、サンドイッチの朝食。10:00しゅっぱ〜つ!

スズラン峠、白樺湖をなにげに通り過ぎ、ビーナスラインの料金所。
全線を走破するには、¥1990(二輪)うわっ、たっかー!(現在は無料!) とりあえず、霧が峰までの¥640を払い、通過。 単車にとっては、すでに涼しいを通り越して、ざぶい! (約、10℃)
標高は1600〜1700ぐらいか?この辺は、曇ってて、余計にざぶい!

おまけに、霧が峰付近で小雨がパラついてきたので、暖を求め、下界へ。(全線、買わなくてよかったぜ!)

立石という所から、諏訪湖を一望。のあと、R20に出て、北上。
塩尻峠を過ぎた所で、高ボッチ高原へ。再び、山へ。道は狭し。

展望所で写真など撮っていると、そこへ御老人5人組、登場! 話をしながら、弁当を広げだした。 「あんたも、どう?」、もちろんオイラは「いただきます!」。
こーゆーのは、御一緒させて頂くに限る!先を急がぬ一人旅でやんす。
おじいちゃん3人は兄弟で、最初に話し掛けてきたおじいちゃんは、 一昨年、ガンの大手術(20時間)を克服したと、元気満々。70歳って言ってた。 おばあちゃんのお手製の海苔巻、梨(激うま!)、ぶどう、みかんを頂いた。
鉢伏山に行って来たと、通ってきた道を、指差しながら教えてくれた。
愛知の岡崎から来たそうだ。「愛知」って、「愛を知る」って書くんだな。ポエムやな〜・・・。 お礼を言って、別れた。一飯の恩義!いつまでもお元気で!

下山し、R19へ。そこで、大粒の通り雨。さっさと、G.Sへ避難。すぐに止んだので、再出発。 しかし昨日、左腕を蚋(ぶよ)にくわれ、むくんで、熱もってて、痛痒い。(蚊がいないので、油断した) R158へ。
ボチボチ寝床を、と思いつつ、白骨温泉へ。
But,16:30で終わり。(16:45) 仕方なく、乗鞍高原へ。 一ノ瀬キャンプ場は、7,8月のみ。この辺は、国定公園とかで、キャンプ禁止の看板が、あちらこちらに。
とりあえず、寒いので、低い方へ。


こういう時は、まず、酒を仕入れる。食い物屋を見つける。風呂を見つける。

あとは、暗くなってから、適当な所に勝手にテントを張って、寝る。
「いーじゃれ」(だったかな?)で、生ビール、牛タン&モツ煮定食。

「湯けむり館」で暖まる。イオウの匂いが、プンプン。
そして、
「なんとかレクリエーションセンター」とかいう、体育館みたいな所の裏庭に侵入!
こっそりと、テントを組む。 今夜は、ここでおやすみ。走行170km

3日目〜!ホ〜ホケキョ!(?)

そんでもって、3日目。 7:00にアラーム、8:10、起床。(意味ねー!) いつもの様に、顔を洗い、コーヒーを沸かす。 裏の幼稚園で、運動会が始まる。玉入れは、赤組の3連勝に終わる。 子供は無邪気でよろし。さて、撤収!

 10:00、出立。上高地乗鞍林道と乗鞍スカイラインのどちらを走るか、しばし迷う。 山の上の方は、雲が掛かってて、あやしいので、上高地乗鞍林道を選択。\210+\260(2区間) 橋の欄干に乗って、写真など撮ってみる。走りながらも撮ってみた。  R158に出て、左折。
安房峠を越え、「神の湯」へ。\400。イオウの匂いに包まれる。(お約束)

その後、平湯で「宝ラーメン」を探してみるが、あいにく、お休み。
失意のどん底から、1.8秒ほどで立ち直り、
「ほんじゃ、高山でラーメン食ってやる。おぼえてやがれ〜!」と、捨てゼリフを残して、走り去るのであった。 途中で、誘惑に負けた俺は、牛タン串焼きなどに、舌鼓を打ちつつ、高山へ下りる。あづい!
山の上との気温差は、15℃はあるだろう。

お目当てのラーメン屋も休みだったので、「甚五郎ラーメン」へ。
こってり好きのオイラには、あっさりしすぎてて、イマイチかな。スープがよくからむ細麺はよし。

この旅、初の市街地と、暑さと、観光客の多さに辟易して、さっさと逃げ出す。
目指すは「白川郷」。合掌造りでも見ながら、合掌しようと、R41を快調にとばす。

But、あと30分も走れば着くであろう所で、「この先、峠付近、道路崩落。通行止め!」 フッ、やるな!(何が?)地方を走ってると、こんな事はよくあるんだぜ。
「おぼえてやがれ〜!(part2)」すでに、時刻は16:00。
わざわざ遠回りしても、着くころには、真っ暗だろうなと、瞬時にしかも、 的確に判断した俺は、あっさりと、白川郷を諦めていた。

南へ、方向転換。「中部縦貫道」(たぶん、名古屋から、富山までだと思う)の工事に伴い、 その他の工事もあちらこちらでやっている。「ちょっとやそっとで、崩落せんように、しっかり作れよ〜!」 飛騨せせらぎ街道に出るための林道入り口を1度通り過ぎ、2度目にゲットし、
約5キロのダートを抜け、せせらぎ街道へ。

この道は、すこぶる気持ちいい道だ!信号もなく(ここまでも、なかったやんか)、 適度の高速コーナーが、路面状況の良さとあいまって、ついスロットルが、開いてしまうんにゃ。

超快調にとばし、「道の駅、パスカル清見」へ。 名鉄観光のバスの運チャンと話しながら、
(ここに限らず、バイクを停める度に、
いろんな人に声かけられるのが、けっこう嬉しいんだ)
テントを張れそうな所を物色。
ちょうど、従業員の方々も、閉めて帰る。
めしを食う所がないので、ちょっと戻って、酒屋で酒とツマミを調達。

いわしの蒲焼の缶詰(たまに食うと、うまいんだよね)、パスカルに戻って、 ビールを飲みながらテントを組む。 実は、ここにはオートキャンプ場も併設されてるんだが、1サイト、¥4700。 バッカじゃねーの!?ってことで、はずれの空き地でこっそり野宿。(誰もいないんだけど)

昼間にコンビニで仕入れた「出前一丁」(これまた、久しぶり) しかし、ここでもやっぱ、蚊がいないんだぜ!快適。 この3日間、風も穏やかで、旅人には、ありがたい。 しかし、今夜は星が見えないな。 うわっ、ここで、カメムシ乱入!外に出そうとしたら、案の定、手が臭くなったぜ。 走行距離、190km

4日目〜!ミ−ン、ミンミンミ〜ン!

 6:00アラーム、6:15起床! 昨日までの俺とは、違うぜ。なぜかって?
だって、道の駅の従業員が出勤してきて、トラブルになったらイヤだもん。(平和主義なのさ)
やつらが来る前に、忽然と、煙の如く、姿を消しとかにゃ。

外に出ると、まるで水墨画のような風景。天気が気になる。
トイレの洗面台で、顔を洗い、7:50出発。(見事に成功ぢゃ)

R257で、馬瀬(まぜ)村を抜け、萩原町でR41を南へ。
「タイムリー」っていうコンビニで、朝食。
ここで、為になる岐阜情報! この「タイムリー」は、黄色と黒の看板(どっかできいたような・・・ありゃ、「黄色い看板、プロミス」か?)で、 岐阜県中北部では、やたらと、目に付くんだぜ。

更に、南へ。目指すは、かの有名な「下呂(げろ)温泉」。 道路の脇に「きれいな町、下呂」って、書いてあるんだけど、
きれいなのか、汚いのか、なんとも言えない町の名前だな。

市街の橋の下の河原に無料の野天風呂がある。開放的すぎる。(おそるべし、下呂)
ジモティのじいさんと語らいながら、湯に浸かり、あがって涼もうとしていると、 今度は、東京から電車、バスで廻っている学生と、旅や温泉について熱く語って、日差しと温泉の熱で、また汗だく。 もう1回、入ろうかと思ったが、何度繰り返しても同じだろう。
30度を越えるカンカン照りの中、温泉に浸かってるんだから。 しかし、あち〜。信州の涼しさ(寒さ)が、恋しい。人は、無い物ねだりの生き物なのね。

R41を更に南下(途中で休憩した時に、前輪の空気が減っているのに気付き、シュポシュポと補充。お〜、あぶね!)
金山町からR256で西に進路をとり、水の街、郡上八幡へ。

早速、
若い衆が飛び込む橋で、見物。かなり、高いぜ。水深は4mぐらいあるらしい。派手に水飛沫をあげてた。 この町では、有名な「宗祇水(そうぎすい)」を汲み、昼食を平野食堂にて、郡上ラーメン。
味噌汁のような、味噌味。(わかるかな〜?)うまかった。

今日は、一日中、リバーサイド・ラン。馬瀬川も、飛騨川も、長良川もきれいだった。
R156は、最悪!!猛暑の中、2〜3kmおきぐらいに工事やってて、片側通行。
うんざりする走りは、岐阜市まで続いた。

岐阜城のある、金華山に登ろうか、否か、しばし迷う。
もう、夕暮れ時なので、やめて、(街中の走行で、疲れてた)山のほうへ。R157で谷汲へ。

食事処、「ところ」で、あゆの塩焼き定食 TVの天気予報では、明日はいいが、あさっては、やばそー。

途中で、谷汲温泉なる看板を発見! 谷汲村をウロチョロするうちに、「道の駅サンサン谷汲」、
酒屋(焼きそばパンをくれた)、
そして、温泉を発見。完璧だ! ここで、更に大胆な計画が・・・。
名付けて「バイクの横に、寝袋だけで、寝てしまおう」計画!(そのまんまじゃ!)
すると、久しぶりの難敵が。蚊だ!久しぶりじゃねーか。

そっちがその気なら、こっちにも考えがあるってことで、駐車場にテント組んだった。
どーせ、誰もいねーし。 しかし、この辺は想像以上に暑かった。テントの中で、パンツ一丁になって、扇子であおいでいると、 外で、バイクが止まった。神戸出身で、こっちの大学に通うライダーが、 くわがた捕まえて、喜んでたぜ。
走行距離、240km

5日目!ツクツクボ〜シ、ツクツクボ〜シ、ツクツクボ〜シ、ツクツクツ〜・・・

5日目だな。これを読んでる人の中には、
「おいっ、いつになったら関が原に着くんだよ!おまえは、秀忠か?」なんて言ってないな・・・。 たしかに、中山道を通ったルートに似てるけどね。

6:00アラーム、5:50起床。なんてこった!アラームが鳴る前に起きちまった。 今日こそ関が原へ。今年はちょうど合戦から400年ってことで、各種イベントもやってる。
まずは、大垣城にGo! R303へ出て、揖斐川町でR417から南下。コンビニで、いつもの様に朝食。
ちょうど通勤通学の時間だった。すれ違う女子高生のいい匂いに鼻が反応してしまう。

そーいえば、旅の途中で出会った人達は、オジチャンとオバチャンばっかりで、 ちょっぴり線香くさかったな。(ごめんちゃい)

走り出してすぐ、またも鼻が反応する。「くっ、臭い!」 この辺で牛でも飼ってるのか?
しかし、周りは田んぼばっかりで、牧場がある様には見えない。
すると、前方に1台のトラック、発見。
荷台には、
ギュウギュウ詰めのブタ ワァオ!こいつらか。ブタの通勤ラッシュって感じ。ブヒブヒ言ってる。 しばらく追走するも、匂いに耐えきれず、抜かす。そして深呼吸。

やがて、大垣市街に到着。大垣城は、どこだー!? 街中にイベントのノボリ旗は、いっぱい立っているものの、 肝心の会場がどこなのか、さっぱりわからん。
田舎では、山と田んぼしかないので、看板や標識などは、イヤでも目に入るんだけどな・・・。

やっとの思いで、大垣城に見参!開場の9:30までは、まだ時間がある。 それにしても、駐輪場などは、そこに着いて初めて看板を発見できるという、不親切さ。
よその土地から来るモンの事も、もっと考えー!

しかし、現場で働くオジイチャンやオバアチャンと、さわやかに会話を交わす俺だった。
バイクから離れるので、カメラバックは肩に掛け、デジカメは片手に。
ひととおり廻って、ふと気付くと、俺の両手は空いてる。あれっ?デジカメは?
1.83秒ほど思考停止・・・。(事件発生!)とりあえず、今通ってきた所を逆廻りしよう。
そして「決戦、関が原館」に戻ると、入り口のおねーさんが、 俺の顔を見るなり「あっ、カメラ落としませんでした?」と。 あんたは天使やー!ありがとう! どうやら、そこのビデオを観た時に、座席に置き忘れてしまったらしい。 安心したら、ノドが乾いた。出店屋台の方へ。
そこで、また女性スタッフから「カメラ落としませんでしたか?」と、声を掛けられる。
向こうも俺を探しててくれたんだ。ほんとにありがとう!(感涙)

屋台のビールでノドを潤し、爽やかな気分で、大垣城を後にする。


しかし今日も暑い!R21を西へ。いよいよ、関が原へ。
「関が原ウォ−ランド」「歴史民俗資料館」や各、戦陣跡などを見て廻り、満足した。
このあたりは、田畑が多いので、400年前の景色も想像しやすい。

石田三成が陣を張った「笹尾山」から眺めてみた。
この目の前で、激しい戦闘が繰り広げられた。

この地に来た目的は、もう1つある。
小耳に挟んだ情報によると、俺達(関東人)の知らない「赤いきつね」と「どん兵衛」が存在するらしい。
再びR21を西へ。関が原の先は滋賀県山東町。
早速、県境からすぐのローソンに侵入。
おもむろに「赤いきつね」を手に取る。ムムッ、やはり「W」の文字が・・・。 この「W」、何の事か、おわかりか? ちなみに関が原町で売られている「赤いきつね」には、「E」と書かれてある。
(「やけど注意」「電子レンジ調理不可」マークの下) 「E」はEASTのE、「W」はWESTのW。 つまり、カップうどんには、関西風と関東風が存在したのだ!!
しかも、その分かれ目は岐阜県と滋賀県の県境いだったのだ!

尚、そばつゆは全国共通らしく、「緑のたぬき」「どん兵衛、たぬきそば」には、違いは見られない。 レジのオバチャンにも取材(?)してみたが、「特に意識したことはない」との事。 (と、すると、その北に位置する福井県と、南のある三重県はどうなのだ? という疑問が湧くが、それはまたのお楽しみに・・・)

そして、新たな旅へ。進路は東へ。
R21は照り返す暑さで、空は晴れ渡っている。荷物満載のセローがゆく。

「桃配り山」(徳川家康、本陣跡)近くの「天下茶屋」にて、うなぎ定食(¥1100、安い!)を喰らう。
「天下茶屋」で満腹になった俺は、R21を更に東へ進み、岐南町からR22で南へ。

先日、洪水の被害で、その名を全国に轟かせた「西枇杷島町(にしびわじま)」を通り過ぎ、 (まさか、1週間もしないうちに、あんなになるとは、知る由もない) 暗くなりかけた頃、名古屋到着。

ここでの目的は、飲み屋「J.BOY」 浜田省吾ファンの集まるお店だ。
開店までは、まだ時間があるので、名古屋見物して、時間をつぶす。

名古屋駅前のツインタワーは、煌びやかな光を放つ。
街中をうろうろ走り回って、
9:30頃から「J.BOY」を探し始めたが、
住所の通り名が見つからず、結局、店にTelして訊いて、着いたのは、10:30。

大音響のカラオケが店の外まで漏れている。「Hello Rockn'Roll City」だ。 中に入ってみると、レイバンのサングラスにギターを抱えて、モニターの浜省と同じポーズで唄う男がいた。
(彼こそ、この店のマスター) 客は10人ぐらい。

カウンターでビールと焼きそばを頼み、しばし、そのパフォーマンスを見た。 すごい!浜省の一挙手一投足を完全にコピーしている。
マイクの抱え方、ギターの振り回し方、MCの一語一句まで、
モニターの中の浜省とそっくりそのまんま。そこまでやるか!?

マスターのパフォーマンスは40分ぐらい続いた。(それでも途中からなんだよね)
他の客もギターの弾き語りで唄ったり、カラオケを唄ったり
(浜省ナンバーしかない。けど、浜省の曲は、全曲揃ってる。)

外に停めた俺のバイクが目立ったので、他の客が、「遠くからようこそ!」と、 ビールを注いでくれたりする。みんな浜省ファンなので、気さくに話し掛けてくる。
俺もせっかくだから、1曲唄った。「SAME OLD ROCK'N'ROLL」。
みんな、俺の事を「湘南BOY」と呼んでいた。(爆)バイクが湘南ナンバーだからだ。

結局、閉店時間のAM2:00まで、楽しい時を過ごさせてもらった。
マスターが店のステッカーやコースターなどをお土産にくれた。

ありがとう、マスター!そして、みんな!また、必ず来るよ!

祭りの後、現実に引き戻される。今夜はどこで寝るべ?
最終日である明日は、名古屋城から出発したいので、市街から近い所で探そうと思い、
(市街の公園には、本物のホームレスの方々(ある意味、プロ?)がいらっしゃるので、なるべく避けたい)
広小路通りを東へ走ってみる。すぐに東山公園の標識を発見。んじゃ、そこ行ってみるべ。 公園の一角にある駐車場に入ってみると、なかなかよさそう。すぐ脇にトイレもあるし。 この時、オイラの頭の中には、テントを張るなんて気は、微塵もなかった。
さっそく、バイクの荷台から、ウレタンマットだけ下ろし、 バイクの横に敷いて、寝る。おやすみ・・・。
  走行距離、180km


6日目〜!カッコ〜!

暑さで、目が覚める。まだ8時だが、木々の間からこぼれる日差しは強い。 いよいよ、最終日だわ。
蚊にも、くわれたようで、あちこち痒い。周りを見まわしてチョットびっくり!墓だらけ。墓地公園だったんだな。
おやっ、そーいえば、どこからともなくお経が聞こえてくるぜ。ありがたや〜。
テントの撤収も今朝はないし、しばらく「ボ〜〜〜〜〜」っと、してみた。
そして、名古屋城に向けて、出発!

名古屋の東西のメインロードである広小路通りは、通勤時間と重なって、大渋滞。 と、なると暑さも、ひとしおなんだぜ! コンビニで朝食を済ませ、名古屋城、正門前に到着。と、いっても特にすることはない。 一服してから、いざ出陣!

10:45。目指すは、桶狭間!(正確には、田楽狭間) そう、信長くんが義元くんをやっつけた、あの場所へ。 信長くんとほぼ同じルートで辿ってみようというわけ。
夜中の2時過ぎに清洲城を出た信長くんは、途中、熱田神宮に寄ったりして、
兵をまとめながら進んだので(道もない山の中を行ったらしいしね)
田楽狭間に着いたのは、昼頃だというので、10時間ぐらいかかっている。

俺も、熱田神宮を見物しながら、R1に出て、行ってみると、 渋滞に巻き込まれながら、1時間20分ぐらいで着いた。 戦闘時間は、2時間ぐらいで終わったらしいのだが、
その合戦跡が、
その辺のどこにでもある公園みたいになってて、なんともショボイ。
ひとつだけ違うのは、義元くんのお墓があることぐらい・・・。

今回の旅で見たかった所は、全て廻ったので、満足した俺は、 更にR1をダラダラと東へ走り、
途中でらーめんなんぞ食らって、
豊田I.Cから東名高速に乗る。
すぐの上郷S.Aでお土産を物色し、あとは無事帰りつくことだけ。
ツッタカタ−と走って、裾野I.Cを過ぎた辺りで、大粒の雨に降られる。
すぐに高速バスのバス停に避難し、この旅で初のカッパ、出動!(あと、1時間で着くのに・・・) しかし、カッパの装備を完璧に終えて、バイクに跨った時には、 雨は止んでた。(・・・おのれ、おちょくりやがって)

そんなわけで、今回の旅も無事終了!まんぞく!!走行距離、320km   全走行距離、1270km(6日間)